『代行者一号』

・プランA(乗り物での収集)にもプランB(徒歩での収集)にも対応します。

・信仰はありません。

ですので、私がお遍路を代わりにすることでの特別な付加価値というものはありません。

ですが、むしろその方がその行為に余計なものが含まれず、単にお客様の代行者になり得ると考えます。

・思想

信仰はありません(神や仏の存在を心から信じてはいない)が、物事の考え方としては、親鸞、道元、キリスト、マルクス、カント、ニーチェなどに興味があり、これからも学んで行きたいと思っています。

・趣味

歩き旅

歩き旅が好きで、バックパックやテント、寝袋を担いで、いろんなところ(国道1〜10号線、日本縦断、アメリカ縦断、エベレスト周辺、四国遍路など)を歩いてきました。これからも歩いて旅がしたい。

読書

たくさん読むというよりは、面白いと思ったものを何度も読みます。

最近になって気付いたのですが、物事の本質への理解は、多くの事実の蓄積でではなく『上質なフィクション』によってもたらされるようだ。ということです。

多くの人がうんざりしたように指摘しますが『フィクション』というのは嘘です。作り話です。

もちろん中には指摘どおり議論に値しないデタラメもありますが、上手く行けば、その物語は書き手の身の内で実際に起っている事実になり得るし、読み手はその物語を『経験』することができます。そうすることで、私たちは自己や他、それらの関係、への理解を深めることができます。そういう種類の『経験』ででも私たちは自分をもう一段階高い存在へ押し上げることができます。励まされ勇気づけられるわけです。

そういう力がある『上質なフィクション』を私は『文学』と呼んでいます。そういうものに出会いたいと思って私は本を読んでいます。

そういう意味では『宗教』も物語なんですね。フィクション。

文学作品と違う点は、それを真理だと謳っていることです。そしてそのことを心から信じていることを私たちは『信仰』と呼んでいます。

私が親鸞やキリスト、ソクラテス(プラトン)やカントをドストエフスキーと同じ文脈で語るのは、それが物語であり優れた『文学』だからなんです。